占いとは統計学なのか?

よく「占いとは統計学。学問だ。」ということを聞いたりするが、
本当に統計学なのだろうかと感じてしまうことがある。

統計学?統計?

個人的には統計学ではなく統計だろうと思っている。

統計学とはある事象の背景をモデル化する。
そのモデル化のために数学的アプローチがある。
そういうものが統計学だと思っている。

統計を研究する学問も統計学だ!
と言う人もいるかもしれない。
それなら統計的にこういう結果だとい言えばいい。
わざわざ統計学と少し格調高い感じをださなくてもいいと思う。

占い師の人と接して感じたこと

知り合いの占い師

知り合いの占い師と話をしていると、
「鑑定しているとこの星の人はこういう特徴があるんだよね。」
という話を聞く。

学びながら鑑定をし、
鑑定をしながら学んでいる。
学んだことから仮説を立てて、
鑑定の中で検証している。

実践の中から統計データを集めて、
自分の血肉にしていっているなと感じる。
そういう人からの話は結構素直に受け止められる。

その道の師匠

知り合いの師匠に占いの話を聞いた時が結構衝撃的だった。
こういう星を持っている人がこんな相談に来た時どう答える?
という擬似鑑定というのをやらせてもらったことがある。

この星だからこういう風にしたほうがいいかな。
別のところにこの星があるからこっちのほうがいいかも。
そんなことを考えながら結論を出していく。

一方師匠の考え方は少し違っていた。
まず相談内容の結論を決めてしまう。
その結論に導くためにこういう星があるからとか説明を加えていく。

これを聞いた時、なんか残念な気持ちが湧き出てきた。
その道で食べている人がそういう考えをしているのかと…。

師匠と弟子でも違うんだな…。

どういうスタンスがいいのか

結局のところ占いとはどう向き合えばいいのか。
実験の指標、試験のサイコロ鉛筆、人生のスパイス。
そんなスタンスで向きあうのが1番なのではと最近は思っている。

前提として、人生は体験をするためのものというのがある。
占いにでているものに従ってみたらどうなるのだろうか。
占い通りになるのか、それともちょっと違うものが待っているのか。

実際に当たっている場合もある。
そうだなとうなずける場合もある。
そういう性質を持っているからこの部分を伸ばせばいいのかなと考える時もある。
時には命式にある通り苦手だから別の人にお願いしよう!なんて考える時もある。

目に見えない物というのも確かにあるとは思う。
だからこそ信じてみよう、試してみようという気になる。

少し遊び心がある状態で接すること。
深刻な気持ちで接することはやめてほうがいい。
全部占いのせいにしてしまう可能性がある。
結果が思っていたのと違っても、自分が選んだもの。
占いのせいではなく自己責任。