美しい言葉に出逢うと心が洗われる

たまきはる

この言葉を聞いたことがありますか?
どんなことを想像しますか?

この言葉とは万葉集の中で出逢った。

たまきはる 宇智の大野に 馬並(な)めて
朝踏ますらむ その草深野

どこかこの言葉にはひっかかるところがあった。
他の言葉はなんとなくニュアンスが取れそうな言葉だけれど、
「たまきはる」だけはよくわからなかった。

脚注には「命のかぎり魂の極まる意」と書かれていた。
なるほど、魂が極まるということ。
でもしっくりとこない部分があったので
調べてみるとこちらのサイトで詳しく書かれていた。

「たまきはる」・枕詞の起源 15 – ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか

とてつもない情報量。
ある程度の偏見は入っているかもしれないけれども、
かなり詳しく書かれている。

上記のページではつぎのように書かれている。

古代人にとっては有限も無限もなかった。「いまここ」のカタルシスとともに生き、そして死んでいったのだ。それが、「たまきはる」という感慨である。

「たまきはる」とは何かが終わってさっぱりしたカタルシスのこと。そうやって「命の洗濯をした」という感慨は、誰でも体験しているではないか。ようするに、そういうことだ。

この言葉とこの言葉がでてくるまでの文章を読んでいると鳥肌が立つぐらい感動していた。

たった5文字の中にどれだけの想いが込められているのか!

現代の言葉には同じようなものは存在しているのだろう。
形や物事を表すだけのものばかりではないだろうか。
感情をグッと凝縮した言葉はあるのだろうか。
ほとんど耳にしないということはないのかもしれない。
でも万葉集など昔の人の文の中には残っている。
古文を学ぶというのは昔の人の繊細さを学ぶということなのだろうか。

もっと美しい言葉に出逢いたい。