馴れというのはじわじわ迫り寄ってくる悪魔なのかも

先日台所の電球が切れたので新しいのに交換した。
切れる前まではちょっと暗いかもという感覚だったけれど、交換してみるとすごく明るい。
今まであんな暗い環境を全然不思議にも思わなかった。
じわじわと暗くなっていくと暗いと感じないもの。

馴れって恐ろしいものだ。

ふと相田みつをさんの詩を思い出した。

馴れるな
馴れるな
一生馴れるな
馴れると
感動がなくなってしまう
感動がなくなったら
人生はおしまいだ

馴れほどこわいものはない
いつも初めて
いつも初心

何回同じことをやっても
今日は初めて
初めてだから
緊張で身体がふるえる
ふるえていいのだ
初心だからふるえるのが
あたりまえなのだ

「慣れる」のは大切。
これは生きていくうえで必要なもの。
繰り返し繰り返し行って上達することにつながる。

一方「馴れ」は慢心につながる。
今の状態に馴れるとだんだんと終わりに近づいていっているような感覚がある。気がつかないほどゆっくりと。

成長する状況というのは大抵追い立てられているような厳しい状況。
(夏休み最終日に宿題をガサっとやるような感じ。)

無理矢理そういう状況に追い込む必要はない。いつものルートをちょこっと変えるだけでもいい。今の環境に馴れていないかなという視点をもつことは時々必要。

感動がなくなると人生おしまいというのも少しはわかる気がする。
感動というのは感情が動くということ。
嬉しさ、怒り、哀しさ、楽しさ、そういう感情を感じることができなくなる。
感情があるからこそいろいろな体験をできるのだと思う。

感情を大切にするためにも馴れていないかどうか時々チェックしないといけないな。